かってにインパクトファクター

子育てサラリーマンが日々の雑多なことをつらつらと綴ってます。時々政治ネタ経済ネタコンピュータネタなどをはさみます。

そろそろ「民間でもやっている」という良い訳はやめた方がいいのでは

記事を一部抜粋

毎日 政治 2008/09/07


橋下・大阪府知事:廃止方針の府立文学館を「隠し撮り」 「仕事ぶりチェック」  ◇現場は困惑


 大阪府橋下徹知事は6日、廃止方針を打ち出している府立国際児童文学館吹田市)の館内の様子を調べるため、職員に内緒で2日間、ビデオ撮影したことを明らかにした。橋下知事は「何の努力の形跡もうかがわれない」と映像を見た感想を述べた。「隠し撮り」について「民間なら当たり前のリサーチ」と話したが、その手法は議論を呼びそうだ。

私は、橋本知事の政策について、非常に高く評価しているし、財政再建の手法として、非常に興味深く見守っている。

しかし、今回の件を民間なら当たり前と言われると、非常に違和感を覚えてしまう。


「あなたのおっしゃっている民間とはどの民間ですか?」


と、聞きたくなる。


従業員の態度を見るとなると、接客業を想像するが、このニュースを見る限りだと、どうやら接客態度を計りたいわけではないように思える。橋本知事が「何の努力の形跡もうかがわれない」と言っている以上、従業員の接客態度を見るというよりは、組織としての、お客様に対する新たな取り組みを見たいのだろう。

組織としての新しい取り組みの有無を見るために、隠し撮りを行うのか?ここにまず少し違和感を感じた。


職種は変わるが、私の所属する会社では、従業員の仕事のチェックは、せいぜいメールの送受信内容と、ウェブのアクセスログ収集、その他会社が貸与している携帯電話などの履歴と、あとは上司や部下の360度評価だろう。
それも、メールの送受信については、サボっているかどうかではなく、業務内容の不正な流出がないかのチェックであり、不正がなければ、このメールの内容で個人が評価されることはない。
ウェブのアクセスログに関しては、業務に不適切な内容のサイトをブロックしている。最近少し過剰で、技術的な内容を扱ったブログにまで規制がかけられているため、少し不満を持っているが、許せる範囲だと思う。もちろん、業務用PCから株の売買などを行うことや、いわゆる掲示板やウィキペディアなどに投稿することは、処分の対象となる。
そして、これらの行為は、年に1度程度はアナウンスされていて、従業員が認識できるように配慮されている。

弊社は従業員数万人の会社だが、少なくとも事前になんのアナウンスもなく職場をビデオで撮影して、あまつさえその内容で仕事を評価しようものなら、非常に大きな反発を受けることになる。

労働組合の力が小さい企業でも、当然従業員個人からの反感を買い、以後事業を継続する上で、大きな障害になってしまうのではないかと考える。


接客業で、組織としての接客態度を見たいからと、この手のリサーチを行うとしても、これまで行われていなかったというのであれば、事前に従業員に向けてアナウンスを行うだろう。
会社を少しでも良くしたいという発想から生まれたリサーチであれば、その行為自体よりも、常に見られる可能性があることをほのめかした方が効果が高いからだ。


この「民間なら当たり前のリサーチ」と言っている行為は、職場全体の仕事内容について評価を行っているように見える。民間での評価と一言で言っても、それは個人の評価から、フロント(お客様と接する部分)の評価、部署・事業部の評価といくつかある。今回のリサーチを民間に当てはめるとすると、部署・事業部(つまり組織)の評価に相当するのだろう。となれば、組織に対しては、数値で評価するのが民間では一般的な方法であり、従業員の態度を、組織の存続をかけた判断材料として評価するというのは、やはり想像しがたい。
「民間なら」というフレーズを用いたいのであれば、お役所仕事を数値で評価するのは難しそうだが、多少精度を落としてでも何かしらの数値で評価するべきではないのか。そして、その数値を上げるために、「隠し撮り」も辞さないという表明を行うべきではないのか。またもし、従業員のがんばっている姿が見えれば、組織の存続も考慮するというのであれば、個人の意見・アイディアで行動するのが難しい方々に、一言助言してみるべきではないのか。


この行為を「民間なら当たり前のリサーチ」と良い訳されることについては、非常に大きな違和感を覚えるのは、上記の理由による。弊社という狭い範囲での常識でしか判断出来ていないが、それゆえに、どこの民間を指しているのか、個別の事例を挙げて教えていただきたい。


私としては、この橋本知事が行った、「隠し撮り」という行為について、”弁護士である”橋本知事が、法律上まったく問題ないと判断したと仮定して、この行為自体を非難するつもりはない。
ただ、その目的が組織をつぶすためにのみ使用することを前提にしているようにしか見えず、また評価も明確ではなく、事前にアナウンスもなかったことには私は賛同できない。


この行為を「民間なら当たり前のリサーチ」と良い訳されることについては、非常に大きな違和感を覚えるのは、上記の理由による。


ただ、私は別に、政治家の行為を、民間の常識に当てはめて考えようとは思っていない。さまざまな制約条件を踏まえたうえで、奇抜な手段をもってしても課題に取り組んでゆく必要がある以上、自由度を高めるためには前提条件を少なくしておく必要があると思う。そのため、弁護士としての橋本知事には、法律家として問題なく、また政治家としての信念に基づいたと言っていただきたい。
今回の記事を読んで私が感じた違和感は、いくつかの理由から来ているが、それでもやはり、政治家として信念を持って行動しているように見える橋本知事を私は応援したい。それゆえに、そろそろ「民間なら」と言わず、「私が正しいと思った」と言っていただきたいと思うのは、私だけなのだろうか。